葬儀で大切なことを伝える方法とは?

 

 

これはあるお寺の檀信徒の方が”お寺葬”を経験した時の感想です。

 

『生きている世界と極楽浄土の世界の境界線がお寺にあると感じました。お寺で葬儀をすると、極楽浄土に旅立つ一連のプロセスがとても分かりやすかった』

『母の時はお寺ではなかったので、このような気持ちにはならなかった』と。

 

お寺葬は、葬儀を行うのは本堂または仏様が安置・荘厳されている場で行います。

あなたのお寺の檀信徒に葬儀の儀式を

正しく伝えられのは意味あることではないでしょうか?

 

もちろん、葬儀をする場がセレモニーホールだとしても、それは伝わるのかと思いますが、伝える側、そして伝わる側も、

葬儀をするだけの場なのか

祈りが醸成されている場なのか

で感じ方がまったく変わるのかと思うんです。

 

お寺葬は、葬儀を行うのは本堂または仏様が安置・荘厳されている場で行います。

冒頭にあった檀信徒さんの言葉もあるように

お寺葬は「自ら感じ、人の心に沁みるプロセスがある」と感じます。

 

あなたはどのように思いますか?

お寺葬はプロセスである

 

 

 

ダイレクトマーケティングの権威中の権威

ダン・ケネディの書籍「小さな会社のためのマーケティング入門」

の中にこんな見出しがある

 

「販売はプロセスである」

 

 

分かりやすく例にして例えてみると

たとえば、この夏本当に暑いですよね。

あなたは街を歩いています。

空を見ると気持ちよく晴れています。

でも暑い!今の気温は何度だ?とちょうど電光掲示板に気温が表示されている。 その気温は37度。

 

気温を見たらもっと暑く感じてきた。

あああ、あそこまでいけば日陰がある、あそこまでいば少し暑さも和らぎそうだ。

太陽の光と地面から照り返し熱気が立ちが上がってくる。

ようやく日陰ゾーン入った。そんな時、ふとあなたは足を止めた。その止めた場所は、アイスクリーム屋さんだった。

「いまだったら、冷たいアイスクリームとても美味しそうだ!よし一つ買おう!」とにかくこの暑さを解消したい気持ちが離れなかった。

 

店の中に入るととても美味しいそうなアイスクリームが目に止まった!いつも行くコンビニやスーパーで買うアイスよりも割高だが、「よし!これ買おう!」と購入をする

 

短い例ですが、これがプロセス。

 

これはもちろん葬儀にも当てはまります。

葬儀は『物販』では無いので、手に取ることはできませんが、病院や施設でその時を迎えた時、何も葬儀のことを考えていないとどうなるでしょうか?病院や施設も忙しいので『早く葬儀社さんを決めてください』など、焦らせるような雰囲気を醸し出します。どうしたらいいかも分からず、とにかくこの不安な気持ちを解消したい。というそのタイミングで目の前に葬儀社さんがいたら。。

その葬儀社のこと何も知らないけど決めてしまうのでは無いでしょうか?

それがご家族にとってもそしてお寺にとっても良い葬儀社だと問題無いのですが。。。

 

お寺葬もこのプロセスと一緒です。お寺が主体的に行う葬儀を檀信徒が事前に知っていたら、どうでしょうか?

お寺葬では、葬儀に不要なものを売り付けられる心配ないと分かっていたら?

 

とても大きい安心につながることだと思います。

 

 

そしてお寺葬を導入することは檀信徒を「妥当ではない葬儀から守る」ことに繋がります。

また、檀信徒から一日葬を依頼された…

 

 

お寺の住職さんたちとお話していると、よく言われます。

 

「一日葬でもいんだけど、なんで通夜をしないんだろうね」

 

葬儀の簡素化が定着してまった感があります。

通夜はやはりしたほうが良いと考えているんですが。

なぜ、通夜をしたほうが良いかというと、仏教の儀式的なことはもちろん、通夜という時間を通じて、その死を確かに受け入れたり、家族親族で集まり、共にお弔いをする時間を共有することが、すぐに効果は現れないかもしれませんが、心の癒しにつながると信じているからです。

 

特に今は、斎場(葬儀社所有の会館など)で行う葬儀ですので、葬儀当日は早く現場に行っても家族はいないし、決まった時間の中で全てを執り行うので、せわしない時間を過ごしているのではないでしょうか?

 

そんな一日葬でも、ゆっくりと葬儀の準備をしたり、

丁寧に仏教の教えを家族に説いたり

ご家族にとっては、心落ち着いた雰囲気の中で、じっくりお弔いができるので葬儀の満足度が高いお葬式の方法があります。

 

それは、お寺葬です。

 

このお寺葬は、お寺で葬儀をする場所貸しの葬儀ではありません。

 

お寺葬はあなたのお寺と関わる人たちを”つなげる”ためのお葬式の方法です。

 

 

 

お寺葬は僧侶の価値、お寺の価値を高めるお葬式の手段です。

 

寺離れを防ぎ

僧侶が関わる葬儀の有り難みが伝わります。

 

お寺葬とは?と思ったあなたへお寺葬のことがよく分かる

『お寺葬のガイドブック』を無料でプレゼントいたします。

 

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伝わらないからこそ、話す価値がある

 

この本は、2年前程から持っている本なんですが、

今、改めて読み返しています。

 

その本とは、「あなたは尊い」です。

小説ではなく、マンガです!

めちゃくちゃオモシロイ!

 

今の時代をよりよく過ごし、生きていくのに背中を押してくれる。

私にとって、そんな良書です。

 

全8話で構成されているのですが、1話1話が短編になっていて、

本を読む時間がない。という方でもあっという間に読めてしまいます。

(個人的には、1話1話の内容がオモシロイ)

 

第3話に「思いが伝わらない」という話あって

「国をよくしたいと思って幕府に進言したら、家を焼かれた」(笑)

当時は鎌倉時代ですが、恐ろしいな・・・と。

 

しかし、このように続きます。

「わかってくれる相手に言うのは簡単。ただ、伝わらんからこそ、話す価値がある」と

もう、格好いいです!日蓮さん!

 

何かを伝え続けることの大切さを再認識させられる思いです。

 

伝える=相手に何かしらの気付きを与えること。

として捉えるとしたら、

その言葉の使い方で変化がある。

それは相手にとって

価値があるのか?

無価値なのか?

 

伝えるプロセスをあらゆる手段がある。

それを考え続けること実践していこうと思います。

 

七転び八起き!

 

 

 

日々、生きていく中で思うようにいかないことがあると、

やむを得ず諦めたりしてしまうこともあると思います。

 

それはそれで受け止め、肯定することで

一歩自己成長につながるんだと思います。

 

いや、今回はお寺で葬儀をします

あるご家族のお葬式をお手伝いした時のことです。

その喪主様と打ち合わせの際に話をしていたら、故人様の奥様(喪主さんから見たら母親)の話題になりました。

 

「実は4年前、先に母は他界してまして。。。その時は地元の近所で葬儀をしたんですよね。

お坊さんは今回と同じでしたが、当時はこのお寺で葬儀ができることを知らなかったんです。その後、お寺で葬儀ができることを知った父や私たちはここにお願いしようと決めていました。」

 

このように話してくれました。

 

今回、私が携わらせていただいた葬儀は「お寺での葬儀」でした。

喪主様含め、ご家族はお父様の葬儀の場は、お寺を選択されたのです。

 

しかも、葬儀を行ったそのお寺は、誰も近くないのに。です。

 

一般的に考えると、葬儀は喪主様や故人様の住んでいる近隣で行うことが多いです。(昔は自宅の葬儀が多かった)

 

なぜなら、その市区町村には火葬場があり、そこを利用するからです。葬儀は思った以上に心身共に疲れますから、移動は少ない方がいいと思う方が大半です。

 

でも今回のように、

地元でもない、自分たちの居住地域からは遠い場所での葬儀を自分たちで選択する人がいるのです。

 

それには種々の理由があると思いますが、

これまでにも同じようなことがありました。

 

家族は誰も近くない。でも、お寺で葬儀をする。

このような選択をする人たちには共通点があるように思います。

 

その共通点とは、“お寺への信頼”

 

お寺を信頼しているからこそ、

大切な人の葬儀を任せようと思う。

 

お寺を信頼しているからこそ、

お弔いしてもらうと思う。

 

お寺を信頼しているからこそ、

形式的ではなく真のお見送りしたいと思う。

 

葬祭ホールが街に溢れていますが、

葬儀を行う場の選択肢は他にもあります。

 

『お寺で葬儀をして大満足です』という言葉が、

あたりまえになるように精進して参ります。

いつもとちがうサービスは心惹かれる

私はインドカレーが好きで、地元でよくいくインドカレー屋さんがあります。経営者兼店長はインド人。スタッフもインド人で日本人スタッフはいません。

 

日本語がペラペラなインド人カレー屋さんも多いですが、

ここはみんなたどたどしい日本語を話します。

 

私が、いつも注文するのは。マトンカレーか日替わりカレー。

ありがたい事に、それは定員さんももう分かってくれていて、

 

私が店に入り、顔を見るなりすぐに日替わりを教えてくれます。

「キョウハ、ホウレンソウポーク!!」と。

 

いつもの慣れ親しんだサービスと接客であり、

ストレスなく安心感に包まれてインドカレーを楽しみます!

 

ところが、昨日行ったとき、

ちょっといつもとちがうサービスを受けて、

ドキドキする体験をしました。

 

というのは、

注文していないラッシーがスーッと目の前に現れたんです。

 

おや?

これはサービスか?

いや、それとも違うのか?

 

店長にすぐ声をかけて、その真相を確かめればよかったかもしれないんですが、ランチタイムで忙しいし、わざわざ足を止めさせて聞くこともないと判断し聞きませんでした。

 

私は胸がちょっとソワソワしたまま、

カレーを食べ終え、目の前のラッシーを飲み干しました。

 

そして椅子から立ち上がり、レジへ向かいました。

「まぁ注文していないラッシー代がかかっとしても、美味しかったし少しでもお店の売上に貢献しよう」といざ、会計を見たら、

いつものカレーランチ代のままでした。

 

そう、このラッシーはサービスでプレゼントしてくれたのです。

とても嬉しい気持ちになりました。

 

サービス業に私も属しておりますが、

お客様が期待している以上のサービスや接客が、

 

お客様の幸せや喜びにつながるとき、

その人、その会社、そのお店に心惹かれるんだと改めて感じましたね。

 

プラス・ワンの姿でサービスを行ったり、

プラス・ワンの言葉を使うと、

人の心を動かすこともできるんだと思います。

 

ありふれた対応は誰でもできる。

そしてその結果はありふれた反応が返ってくる。

 

相手の心に響くサービスと接客を通して

人々の豊かな生活のために精進します!!

 

絵に描いた餅は餅より高価ななことがある

私は本を買うのは大体ネット経由で購入するので、本屋さんに行くことは滅多にないんですが、つい最近本屋さん行く時間があり立ち寄りました。

 

 

その時にフッとある人から勧められた「オススメ本」思い出したんです。

それが「心の処方箋」です。

 

本棚に、たまたま最後の一冊!!

即買いしました!!

 

 

そこに書いてあったのが「絵に描いた餅は餅より高価ななことがある」です。

この章に共感しましたね!

 

 

「絵に描いた餅」は、現実価値を持たない。役に立たない。ということで表現されますよね。

確かにどんな巧みに描かれた絵であっても、それは腹の足しにならない。

 

 

その通りです。

しかし、このようなことも書かれていました。

 

“絵に描いた餅とはヴィジョンである”と。

 

 

「絵に描いた餅」というヴィジョンを

もつことの大切さを自覚すること。

 

 

改めて自分の活動の原動力というのを

想い気付かされた感じです。

 

 

お寺葬が当たり前の社会に。

私たちの会社のキャンペーンテーマですが。

なぜ、これをはたらきかけるのか?

 

 

それは、お寺葬が故人様のそしてご家族の

安心・安全・安寧のお葬式になると確信しているからです。